おはようございます。岡本大輔です。
本日の紹介はこちらです。
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中経出版
発売日 : 2013-06-14
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【出会い】
TSUTAYA音更店で出会いました。
【本書紹介のねらい】
~Amazonより~
人生の悩み、苦しさ、満たされなさはすべて、意識していない、自分の「思い込み」がつくっています。いつも満員御礼の人気講演家が、精神的にも物質的にも幸せに生きる秘訣を語る!
~本書抜粋より~
もうこれ以上、遠回りする必要はありません、この生き方は、いますぐ始めていけるのです、本書はそのための本です。
人生がうまくいっていないな、と感じているあなたへ。
【響いた抜粋と学び】
著者の阿部さんは「いまここ塾」主宰。20代でシンガーソングライター、深夜放送のパーソナリティ、俳優・テレビ番組の司会など芸能界で活躍。30歳のとき、突然の霊的体験を機に引退。奈良の天河神社に奉公した後、浜松市の方広寺にて、禅僧と心の学校「いまここ塾」を始める。2002年、沖縄に移住。現在、全国での講演、瞑想指導、執筆などを中心に活動しています(執筆当時)。
「自分がしてほしいことを人にしてあげなさい」「自分がされてイヤなことは、人にしてはいけないよ」最低此の2つを理解していれば、社会で生きていけると思っているから教えてきたわけですけど、でも実際には、それが原因でトラブルになる場合もあるんですよね、特に、「自分がしてほしいことを人にしてあげなさい」は一般論としては正しくても、こと男と女の関係になると―通用しないことが多い。
一例として、女性は色々と喋りたいし、相手の状況を聞きたいんだけど、男性は仕事で気遣って、家に帰ってきてまで気遣うのが苦しい、黙っていたい、というすれ違いが挙げられていました。
なんだけど、女性も男性も「自分がしてほしいことをしてあげなさい」をやっていくと、余計にすれ違うわけです。ここで一歩踏み込んでいけるかどうかですね。
本当は女性が不満を言ったり、「私はいま、こんなに大変で、頑張っているのよ」「あなたのせいで傷ついているのよ」と言ったりしたときに、男だって「オレだって、外で頑張っているんだ」というのがあるんだけど、それを言うとよけい話がややこしくなるから、何も言わないだけなんです。
これはわかるなぁ(笑)
「黙ってないでなんとか言ってよ」
なんて言われると余計黙りたくなるもんなぁ。
「あなたと一緒なら、何でもできる」「あなたがいないと、私はダメになってしまう!」でもそのときに起きていることは、自分の「足りない」と感じている部分を、相手に映し出すことで心を満たそうとしているだけ、まぁ、これが恋の正体。
なるほど。「依存」なんですね。
たとえば男性の大臣に愛人が発覚すると、そのときは騒がれたとしても次第に忘れられていって、また政界で活躍していく例はたくさんありますよね、でも、女性の政治家が結婚相手だけでは満足できなくて不倫していたら、立場が根こそぎ奪われてしまう、その世界から抹殺されてしまう、それって、本当はフェアじゃないよね、でもそういう社会の不公平なゆがみの中で、女性は甘んじて生きなくてはならない現実が各所にあります。
これは当然な気もする。女性差別なのかな? もともと生物的に女性性というのは子供を産み育てる役割を持っているのだから、不倫をしていたら、男性と同じ、ということにはならない気がするけどね。
だって子供の立場で、自分の父親が不倫しているのと、母親が不倫しているのが同じとはならないと思うなぁ。
どっちも許せないのは同じかもしれないけど、母親というのは自分を最後まで裏切らない存在としているわけなんだから、自分を産み育ててくれた母親が不倫していたらかなりショックじゃないかな。
となると、男性と同じとはならないし、そもそも男性性は産み育てる役割ではないので(育児の部分はするけれど)フェアじゃないよなぁ、なんて思いますね。
そもそも男性性と女性性が違うのだからフェアかどうかに意味があるのかな? なんて思ってしまいます。
親友というのは、ケンカもするし、正直に関わり合いますよね、そういう関係が本来、親子も夫婦も一番いいと思います、表面上、怒ろうが笑おうが、どう取りつくろおうと、そのときの本当の波動って、必ず相手に伝わるものです、特に子どもは直感的にわかります。
愛は、対象を選びません、条件を持ちません、彼なり彼女なり、誰かを愛するというのは、特定の対象に向かっていますね、でも、真の愛は、特定の対象を持ちません。
よく親は、子どもに「言うことを聞きなさい」「私はあなたを愛しているから、言うんだ」とか言いますね、「自分は子どもを愛している」と勘違いしているんです、その本音を翻訳するなら、「私の言うとおりにしてくれたら、あなたは幸せになれるはずだし、私も幸せになれる」ということ、早い話、「私を幸せにしてーっ!」と、そうやって子どもを怒っているわけです(笑)。
子育ての参考に。友達感覚の親子に疑問を感じていましたが、親友という感覚であれば納得です。
2番目の抜粋について言えば、特定の人を愛する、という条件付きは本当は愛ではなくて、
「恋している」
感覚なのかな?
3番目の抜粋はすごく納得ですね。
自分を「認める」と「受け入れる」は、実はちょっと違います、「認める」というのは、事実を事実としてただ認めること、「受け入れる」というのは、もう一歩踏み込んで、赦すところまでいく、やり方なんですが、まず、「私はずるい」「私は嫉妬深い」「私は〇〇だ」……って挙げていきます、そして―、「以上!」(キッパリ)、宣言して、終わりにしちゃう(笑)あとはもう一切、考えない、評価しないんです、「だから、自分はダメなんだ」とか、続けない、そういうジャッジは苦しみを生むだけで、実は何にもなりません。
「あいつ、欲深いなぁ。以上!」「あいつ、また愚痴を言っているぞ。以上!」その後の判断をしない、そもそも、「いい」とか「悪い」とかジャッジすることが、自分を苦しめるんです。そこに義務があったり、「~ねばならない」という縛りがあると、努力になるわけですよね。
現象はニュートラルというのを改めて考えさせられました。イライラしてもいい、ずるくてもいい、事実を認めるだけでいい、と思うと気が楽になりませんか?
【編集後記】
本日は休みです。本日でブックオフのウルトラセールが終了するので覗いてこようかな。
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発売日 : 2013-06-14
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