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江戸っ子は何を食べていたか/大久保 洋子

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こんにちは。岡本大輔です。
昼の紹介はこちらです。
※ 再編集・再更新記事です。
↓↓↓

















【出会い】
帯広図書館の「江戸特集」を覗いてみたら……気になったので借りました。


【本書紹介のねらい】
~Amazonより~
一本三両の初鰹の行方、天麩羅誕生の意外な秘密とは…「江戸前」のルーツを辿る。

江戸の食事から現代の食事を考えましょう。


【気になった抜粋】

江戸前とはもともと江戸の前に広がる海、とくに江戸城の前に当たる部分を指したといわれる、それが次第に海域が広がっていき、いつしかそこで捕れる海産物も含めて江戸前と呼ぶようになったのである。今は江戸前というと「握りずし」のイメージが強いが、江戸では蒲焼屋の店先に「江戸前大蒲焼」、「江戸前鰻」という看板が出ているのが普通だった。

天は揚げる、麩は小麦粉、羅は薄くかけるという意味もあると教えられ、男は喜んで「天麩羅」の名前で商売を始める。

握りずし……初めて現れたのは文化・文政期といわれており、それまでは江戸っ子も「なれずし」や「押しずし」を食べていた。ネタに使われたのはコハダ、アジ、アナゴ、キス、イカ、タコ、ハマグリなどの魚介類である、どれも江戸前の新鮮なネタには違いなかったが、当時は保存時間に限りがあったため、生ではなく、火を通したり酢じめにして使った。

屋台の店はあくまで 庶民を対象に商売をして繁盛したが、店を構えたところは次第に高級志向となっていった、天保の改革くの際には、「松の鮨」と「与兵衛鮓」はあまりに贅沢なすしをうったかどで手鎖の刑に処せられたといわれている。

【響いた抜粋と学び】
江戸以外の地方では「七・三」といって米7割、麦三割のご飯を炊いたが、田舎ではこれが逆になって米三割、麦七割だったという、とにかく白いご飯が何よりのごちそうだったのである、だから五合などと、たくさん食べていたのである、これが仇となり、「江戸わずらい」なる病気が流行し始めた、今でいう脚気である、精米したときに出る糠には十分ビタミンB1が含まれているから、玄米で食べている頃には起きない病気だった。

著者の大久保さんは実践女子大学、大学院卒業。文教大学短期大学部教授を経て目白大学短期大学部教授。専門は調理科学、食文化論。日本家政学会食文化研究部会役員、日本風俗史学会会員です(執筆当時)。

スキニービッチ 世界最新最強!オーガニックダイエット/ロリー・フリードマン でも精米したものより玄米方が体に良いとありました。僕もこのあたりを読んでから玄米にしたいと思っているのですが……なんせ高いですね。どうしてだろう。精米するのは手が込んでいるのだから、精米した方が高くなる気がするのですが……。無知すいません。

一日三食が定着したのは元禄期以降のことで、それまでは一日二食が普通だった、これは大名など上級武士も庶民も同じで、江戸中期になり様々な産業の生産性が高まり流通も盛んになるまでは、皆質素な暮らしを余儀なくされていたからである。

現代日本では一日三食と間食もできるという江戸時代から見ればなんて豊かなんでしょうか。江戸の頃は食べたくても食べられなかった、一日二食しか食べられなかった。なんてことだ。

「羊羹」は文字通り羊の肉や肝、血などを煮込んだ汁物だったが、色を似せるために小豆を使ったことで、現在のお菓子としての羊羹の基礎ができあがった、饅頭は今のような甘い餡ではなく野菜などを具にしており、たれ味噌や汁といっしょに食べるものだった、というのも当時、砂糖といえば大変な高級輸入品で簡単に手に入るものではなく、砂糖入りは「砂糖羊羹」「砂糖饅頭」と区別されていたのである。

「羊羹」の字になぜ羊が入っているのかな? と思っていました。まさか羊の肉や肝などを使っていたとは……。これを読むと羊羹や饅頭はお菓子ではなく、おかずに近かったんですようね。
本物の羊羹は食べられないなぁ。

江戸時代のカステラは、煮しめなど酒の肴や料理に用いられていたというから驚きである、高級料理屋の珍味として案外人気メニューだったのかもしれない。

なるほど。カステラ一番、電話は二番、三時のおやつは……。今でこそおやつの定番(でもないか?)が当時は
肴として用いられていたんですね。
日本酒の横にカステラかぁ。う~ん、想像できないなぁ。

江戸の庶民を文化としての屋台食はさしずめ現在のファーストフードであり、限りある資源を巧みにリサイクルをしていた工夫を見るとスローフードでもある、天麩羅、握りずし、ウナギの蒲焼き、蕎麦など和食の代表は江戸で発展し、現在に継承されているものである。

帯広でも、僕の職場あかりデイサービスの歩いて一分以内(信号が青だったら)のところに回転寿司ができます。すべて105円のようです(100円だったかな?)。江戸に起源を戻せば、寿司はファーストフードの原点だったんですね。

現代に安価な回転寿司が流行る理由がわかりました。

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