こんばんは。岡本大輔です。
夜の再紹介はこちらです。
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【出会い】
武田双雲さんのポッドキャストや書籍が面白かったので、帯広図書館で予約して借りました。
本日出席した第60回十勝管内PTA研究大会の基調講演が乙武洋匡さんだったのです。
※ この記事は2012年10月6日に公開した記事を再編集したものです。
【本書紹介のねらい】
小学生時代のことを思い出してみよう。きっと今を上手に生きるヒントが隠されているから。
【気になった抜粋】
そんな手足のないちびっ子を相手にみんながビビって逆らえないというのは、たぶん、よっぽど気が強かったと思うんですよね。
「イライラしてもいいじゃん」と思ったら、そんなにイラッとしなくなると思っているのね。
クラス文集の名前・・・色鉛筆、いろんな色が集まって成り立つ。
為末大、「短所があるから自分のことが嫌いになるのではない、自分のことを嫌いな人が自分の短所を探すのだ。」。
批判されてもブレない強さ。生まれた瞬間から自分を育てる役割がある。
【響いた抜粋と学び】
昔は、えこひいきして、堂々としている先生いっぱいいたよね。
そうそう、いましたよ。僕らの小学校にも。
デブとかチビとか人を差別する言葉は絶対に使っちゃいけない!!って鬼の形相で怒る正義感の強い先生だったにも関わらず、勉強できたり、自分のお気に入りの児童の成績は良くしたり、あまり怒らなかったり・・・。
小学生の僕には差別とえこひいきの違いがまったくわかりませんでしたね。はっきり言って、「先生だって差別してるじゃん」って思ってましたよ(怖くて誰も言えなかったけど)。
大人になって振り返ってみれば、その先生のお気に入りは忘れ物も少ないし、イタズラしないし、優等生でしたね。
1回や2回忘れ物しても怒られないはずですよ。
僕はかなり怒られましたからね(忘れ物常習犯です、はい。)
潜在意識の中で、人を差別して笑いのネタにしちゃいけないってことは強く学びました。
この先生のおかげで障がいがあってもそれを笑ったり、バカにしちゃいけないってさらに思えるようになりましたから。
と同時に人間社会は不条理なものだとも学びました。
でもね、子育てして、忘れ物常習犯で出された宿題を押入れに隠していた長男とたまに忘れ物はあっても毎日家庭学習をやっている長女のどちらが好印象か、同じ忘れ物があっても叱られ方が違うのかは僕が父親になってから気づきました。
あの先生のえこひいきはいたって正等なものだったと。
過保護のお母さんって、この子への関心じゃなくて、自分に関心があるだけなんですよ。
これは納得です。自分の子どもが飲酒・喫煙・万引きなど悪いことしないように・・・など過保護になるのは親が子どもの悪さの対応が面倒だからということが一つの理由として挙げられますね。
子どもの成長よりも子どもの徹底管理に命かけちゃっている親いるよなぁとしみじみ思ってました。
子どもにとっていかに家庭の影響が大きいか。
高齢者介護の現場でも家庭環境の悪いところでは・・・例えば家族の中が悪いところではやっぱり認知症が深い高齢者が多い気がします。
家庭が心身の安心する場所でないと子どもも高齢者も影響されるんです。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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